分子生物学には「RNAやタンパク質の機能はその配列によって決められており、重要な機能を持つ遺伝子の配列は種を超えて高度に保存されている」という基本的な考え方があります。ところが近年、生物学的に重要な役割を果たしているにも関わらず、種間で広く保存された機能ドメインを持たないRNAやタンパク質が、相次いで同定されています。その代表例が、核内の非膜オルガネラの骨格となる長鎖ノンコーディングRNA (lncRNA)群、タンパク質を様々なストレスから保護するHeroタンパク質群、クマムシの極限環境耐性に関わる種特異的タンパク質群です。興味深いことに、これらの分子は、全長に渡り強固な構造を取りにくいと予測される配列を有するという、共通の性質を持っています。これらの事実は、ゲノムの中には、配列への依存性を高めずに機能を進化させてきた未同定の遺伝子産物が、実は数多く存在している可能性を示しています。そしてそれらの分子は、特定の構造を取りにくいという柔軟な性質を利用し、配列が構造・機能を決定するというこれまでの分子生物学のドグマとは異なる、独自の機構で生理機能を発揮していることが予想されます。本領域では、配列への機能依存性が低いRNA やタンパク質を総称して、非ドメイン型バイオポリマーと定義し、個体レベルでの生理機能の解明から原子レベルでの動作機構の解明まで、全階層横断的に解析を進めます。

本領域では、既知の非ドメイン型バイオポリマーをモデルとして、個体レベルの生理機能から分子レベルの動作機構まで全階層横断的な解析のパイプラインを確立するフェーズIと、多数の新規非ドメイン型バイオポリマーを同定して共通の性質を明らかにするフェーズIIの研究を戦略的に展開し、これらの分子が配列への依存性を高めずに機能を発揮する基本原理の解明を目指します。

非ドメイン型バイオポリマーの全階層横断的な解析を進めるために、本領域では

  • 個体レベルの解析を行うA01生理機能ユニット
  • 細胞レベルでの解析を行うA02細胞機能ユニット
  • 分子動作機構の解析を行うA03分子機構ユニット

の3つの研究ユニットを設置します。

解析が手つかずのarcRNA等の lncRNAや超天然変性タンパク質は、ゲノム中に数百から数千のオーダーで存在しており、新規機能性非ドメイン型バイオポリマーのカタログを飛躍的に拡張できると期待されます。フェーズI・IIを通して戦略的に領域を推進することで、従来の分子生物学で想定されていなかった、配列に強く依存せずに分子が生理機能を発揮する機構の解明を目指します。

 

「非ドメイン生物学」では、種を超えた配列の保存性に着目して進められてきた従来の解析では見落とされてきた、生物の新たな機能獲得戦略を明らかにします。本領域を推進することで、配列から機能を予測することが困難なために遺伝子名として番号や記号しかつけられてこなかった機能未知 lncRNAやタンパク質の分類が飛躍的に進むだけでなく、既知タンパク質が持つ内因性の天然変性領域のように明確な機能ドメインとして認識されてこなかった領域や、保存された配列や顕著な高次構造を持たずに機能するmRNAの非翻訳領域についても、新たな動作原理を提示することができます。また、非ドメイン型バイオポリマーの分子の柔軟性を積極的に利用することで、病原性凝集体の形成を制御する技術や、新規ストレス耐性を獲得した細胞を作出する技術など、新たな分子動作原理に基づく、画期的な生体分子制御技術を開発することが可能となります。